怒りについて。

雑談

個人的な意見に過ぎないのだが、他人に対して怒りを覚えるとき、それは他人の中にある「自分と共通する部分」に対して怒っているのかもしれない。と思う。

他人を通して自分の姿が映し出されるような瞬間や、他人の言動を見て過去の自分を見つけたとき。またその時に感じる羞恥心。特にこの羞恥心とゆうものが厄介で、理性を失って怒りに溺れやすい。

言っていることが抽象的になってしまったが、わかりやすい例で言うと、かつてヘビースモーカーだった男が禁煙に成功して、町中で歩きたばこをしている人間に怒りを抱くといったような感じだ。

はっきり言ってそいつも大きなこと言えないはずなんだけど、歩きたばこをしている不届き者を見つめると同時に過去の自分も見つめている。自分はこんなに迷惑で愚かな人間だったのかと感じるのだ。それで深く反省しようとゆうのはできた人間の行動であって、だいたいはそうはいかない。過去の自分の行動に恥じ入って、その羞恥心を整理しきれずに怒りへと変化する。とはいってもここで相手に文句をいうとかひっぱたくとかはまた別の話で、そこまでするのはストレスがたまりすぎている証拠です。

自分が周りからどう見られているかとゆうのはまぁ想像できないものなんだけど、それをリアルに目の前で再現されてしまうと非常に精神的にきついものがある。周りに迷惑をかけずに、かつ自信や尊厳を保つにはどうゆう心構えでいればいいのか。一生の課題だ。